自分は経営者にはなれないらしい。

もし、じぶんが経営者なったなら!

自分が経営者になったら、障害者で能力のあるひとを雇いたいとか、
オフィスは持たず、自宅で仕事をしてもらう体制するとかを考えていた。

特に精神疾患のあるひとを支援したいとか思っていた。
以前、こういう仕事についていて何らかの事情で精神的なダメージを
受けたひとを再復帰させてあげたいという気持ちがある。

オフィスを持たないので、能力のあるひとをクラウドソーシングで雇い入れることが可能だから
県外人も雇い入れることが可能になる。もっと言えば海外にいるひとでも
雇うことが可能だということ。

仕事はスカイプなどで打ち合わせなどを行うなどを考えていた。
仕事の割り振りなどが難しいかもしれないけれど、
今はいろいろなフリーのツールなどがあるから何とかなる。

営業はどうするのという課題だけど
営業は各県に営業する人がいて営業を頑張ってもらう、契約が決まりそうになれば
近くにいる社員が打ち合わせに同伴して、仕事をもらってくるという
絵に描いた餅のような会社を創りたいという夢がある。

これからは個の時代になるとは思うが、個では儲けが出ないし
個では出来ることが限られている。なので会社というモノは存在するけれど
これからは先の会社の役割は個をまとめたりするプラットフォーム的な役割に
シフトしていくのではないかなと感じます。

簡単に言えばクラウドソーシングのリアルな形になるのではないかと
特にソフトウェアやWEB開発などはそういう形になっていくだろうし
そういう形に進むように動いている人たちがいます。

 

 

能力の伸ばし方

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能力の伸ばし方ですが、能力は努力によって
そのひとの限界とされているところまでは伸びます。
ですが、それ以上は伸ばすのは至難です。

教え方には2つのパターンがあります。
言葉で教える。図形で教えるという2つのパターンがあります。
読解力があるひとには言葉で教えるのが向いています。
殆どのひとはこのパターンで大体の人は理解しますが、
まれに、言葉で教えるでは理解しづらい人がいます。

言葉が頭に入ってこないタイプです。
説明書などを読んで頭に入ってこないタイプは
おそらくそれです。ここで殆どのひとは理解していないと思い
教えるのを辞めてしまいます。そういうタイプの人がいる事を
知らないからです。知っている人なら教え方を変え教えます。

物事の始まるところ。

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すべての物事がうまくいくといえば
そうではなかったりする。
殆どは失敗している、ただ失敗なくして成功なしとも言える。

失敗から学ぶことは多いけれど
実際、失敗から学んでいるひとは少ないじゃないだろうか?
失敗したときは反省しても時が経てば
殆どのひとは忘れてしまう、特にそれほど大した事がないミスなどは
特に忘れがちになりやすい。

おそらく出来る人は、この些細なミスを忘れない人じゃない
だろうかと思える様になってきた。ミスを忘れないから
次、同じような事象が発生した場合、ミスが発生しない。
なので、成功する。ホント、単純な話なのだけど
実際、ひとは同じミスを何度も犯しがちだとも感じる。

もう一つの話。
どこまで自分を冷静に見つめることが出来るかという事が
とても大事な気がする。感情を排除して客観的に
自分を見つめることが大事、そうすることによって
見えてくるものがある。

ちなみに自分は自分をあまり評価していない。

欠点が多いのだ。

欠点というものは直せるものと直せないものがある事も
覚えていたほうが良いと思う。今よく言われるようになった
発達障害の人にも出来ることと出来ないことがあったりする。
そうではない人にも、能力差があり能力の限界を超えることは出来ない。

では、能力差をどう補うかという事だけど
能力の欠損は他の人が補うという身も蓋もない話。
これって努力放棄と思いがちだけど、そうではないと思っている。
不器用な人に器用になれと言っても中々、器用になれないと同じ。
これは生まれ持った能力の違いであるため、自身が補う事ができない。

医学が発展すれば、可能かもしれないけれど・・・。

仕事をしていく中で、人の能力を活かせるか
活かせないかで仕事の効率が決まってくるように思える。
能力を見極めるのは非常に難しい。能力を伸ばすのも難しい。
この能力を伸ばす事だけど、皆に同じように教えていても伸びないのも
しかりなのだけど・・・・。

能力の伸ばし方については明日の記事へ。

 

 

 

上から目線でどうとかっていうのをサラッと読んだんだけど。

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上から目線でどうとかっていうのを読んだんだけど
某ブロガーさんが上から目線で何が悪いと言っていた。
悪くはない、批判に対する抵抗なんでしょう。

こういうふうに批判をすると
火に油を注ぐ事になるから・・・某ブロガーさんの思った通り
動かされているという構図が生まれるわけで
動かされた人は結局、言い方が悪いが馬鹿なんだろう。

世の中には頭が良いと思っている人と
頭が悪いと思っているひと、頭が良いのに頭が悪いと思っている人と
頭が悪いのに頭が良いと思っている人に
分けられるわけです。

有名大学を卒業していたら
基本、世の中では頭が良いという部類にはいります。
で、自分はバカの分類に入るでしょう。

頭が良いひとを知っているので
それに比べると自分はバカの分類に入ります。
ちなみに生まれ持って天才という人も
世の中にはいます。凡人が越えられない壁という
モノです。

話し戻して、上から目線が何が悪い?
これって問題発言といえば問題発言かも・・・
どうしようもない事だと思います。簡単にいえば
潜在的に自分が能力が下だと思っているので
何を言われても上から目線なのだ・・・、まさにコンプレックスな訳です。

なので・・・っていうのも何ですが
これは、どうしようもない問題だと思ったわけです。

フリーで出来る人と出来ない人がいる。

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フリーで出来る人と出来ない人がいる。

・社交的であるか?

・秀でた能力があるか?

・人脈はあるか?

おそらくこの三点を最低でも満たしていないとフリーで
仕事ができない。もしクラウドでお仕事をする場合は秀でた能力が
あるかないか、ただ、それだけで決まる。

エンジニア(プログラマー)は、いまの所フリーで活動するのはやめといたほうが良い。
秀でた能力があるのら、クラウドでも仕事を請け負うことは可能だが
クラウドではデザインを伴う仕事が多いこと、また、安価な仕事が多いことも確か
なので、いまの所、プログラマーという職はフリーで仕事をするというのは
辞めておいたほうが良い。もし自宅で仕事を行いたい場合は
サテライトオフィス(リモートワーク)が可能な職場で働くと好ましいらしいが・・・。
それほど良いものではないらしい。

ちなみにフリーで仕事をする際に一番気になるのは
老後の年金だと思う。自分が調べたところ、国民年金に上乗せする
システムが有る、それをすることで厚生年金基金と同等の金額を
老後に支給してもらえるようになる。ただ、上乗せする金額は
厚生年金基金より大きい。

クラウドソーシングで仕事を請け負う確率とリアルで営業して。

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クラウドソーシングで仕事を請け負う確率とリアルで営業して仕事をとってくる確率。どっちが効率的に仕事を得られるのだろうかと思うとやはり、リアルで営業して仕事を取ってくる方が楽なんではないだろうか。クラウドソーシングだと仕事を選べるけどひとつの案件に、大体20件以上の申し込みが有る。選ばれたとしても契約を打ち切られる場合もあり不安定だ。それに比べて自分で営業して仕事を請け負う場合、契約して納品まで、いろいろあるとしてもリアル営業の方が安全のように感じる。どちらをやるにしても今の能力だと請け負える案件が少ないように感じる。もう少し勉強しないといけないな。

 

「身の程」は、社会的にわきまえておくべき、自分の範囲のこと。

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「身の程知らず」は基本的にダメかも。ひとがやったことを真似して同じように、やるような人は駄目だと基本的に思うのです。普通の仕事はそれでそれなりに出来ると思いますが、モノをゼロから作り出す仕事で、それをやっていたらNGだということです。憧れの人のものまねをするのは、上手くなるヒントになりますが後から、そこから抜け出せないジレンマに陥るもとにもなるのです。なので、自分は絵以外はものまねをしたことが無いです。このまえ、努力不要論という本を読んだのですが、ざっくり言って、センスが無い人がいくら頑張ってもセンスがある人には勝てないだということを書いている本です。努力すればある程度、目標に近づくことが出来ますが、それをやる時間は無駄だよと言っている本でもあります。自分が今から医者になるって、もう勉強して何度も試験受ける時間があるのなら、自分の能力を知ってそれに見合ったことに力を注いだほうが良いということ。一流になればなるほど結構、残酷だと思います、駄目ならばっさりと切られるのだと。

この頃、思ったことはセンスが無いよと言う人のほうが親切だということ。昔はそうではないと自分は考えてました、努力すれば何とかなる部分があると思っていたのですが、どうも違うようです。自分は絵や写真やPGなどが適当に出来ます。でもそこ止まりなんです。そこ止まりな人がいくら頑張ってもそこ止まりです。それがイケナイコトとは言いません。それでも仕事として出来る場合もありますが、もうひとつステップアップする時にはかなりの頑張りが必要になることは確かです。要するに生まれ持った能力の差は有るということです。それを自覚していないのと自覚しているとの差は大きいです。冷たい言い方かもしれませんが、凡人がいくら頑張っても天才には勝てないということが良い例です。

自分を知って自分の妥協点を知ることが、自身の人生を謳歌するヒントかも知れないと、この頃、考えることがありました。